法華経の一巻または一品の別訳は、唐の学僧「恵詳」の書いた『法華伝』に見られますが、法華経全部を翻訳したのは、次のように六種類あります。
1. | 法華三昧経 | ほっけさんまいきょう | (欠)六巻 | 正無畏(しょうむい)訳 |
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2. | 薩芸芬陀利経 | さつうんふんだりきょう | (欠)六巻 | 法護(ほうご)訳 |
3. | 正法華経 | しょうほけきょう | 十巻 | 法護訳 |
4. | 方等法華経 | ほうどうほけきょう | (欠)五巻 | 支道林(しどうりん)訳 |
5. | 妙法蓮華経 | みょうほんれげきょう | 八巻 | 鳩摩羅什(くまらじゅう)訳 |
6. | 添品法華経 | てんぽんほけきょう | 七巻 | 闍那崛多(じゃなくった)・ 達磨笈多(だるまぎった)共訳 |
以上のように、法華経が前後6回も漢訳されていますことは、釈尊のみこころを伝える法華経こそ、大乗仏教の精髄、諸経中の王経として如何に重要視されていたかを示すもので、諸経史上に燦然と輝いております。
この六種の翻訳が相違するのは、すでに梵本が幾種類もあったことを物語るもので、このことは、インド各地に広く法華経が流伝していたことを立証するものです。
法華経には、サンスクリット語本・チベット語本・漢訳本の外、南條文雄博士が、インド学仏教学者として著名なケルン博士と共に、梵本『法華経』の諸本を校訂して、『法華原典』として出版されたものがあり、ケルン博士は、『法華原典』に基いて『英訳法華経』をも出版されています。
またフランスの言語学・東洋学者として有名なビユルヌフ氏は、法華経をフランス語に訳して1852年に刊行しており、その他にも、チベット語訳の法華経もあります。さらに河口慧海氏は、チベット語訳本にサンスクリット語本を参照して、『梵蔵伝訳妙法白蓮華経(ぼんぞうでんやくみょうほうびゃくれんげきょう)』を出版されています。
その他、サンスクリット語本を日本語に翻訳したものとしては、南條文雄博士と泉芳環氏の『梵漢対照新訳法華経』があり、岡教邃氏の翻訳した『梵本和訳法華経』もあります。
すでに申し述べたように「仏種」である法華経で無ければ、成仏できないと釈尊出世の一大事として説かれた、法華経「方便品(ほうべんぽん)」に二度もくり返して申されています。
かつて、東洋大学学長境野黄洋博士は、『法華物語』の序に、「仏教中の経典で、法華経ほど大事な経典は恐らく他にはない。仏教各宗派、その数多しといえども、法華経の影響を蒙らぬ宗旨はほとんどないと言ってよい。凡そ仏教を学ばんとするもの、一として法華経に触れずして理解せられるものはない。仏教の哲理は、悉く法華経から割出されて居るんである。そうして、日本の文学史上で見ても、法華経ほど大なる影響を日本文学に与えた経典は、他に一つもない。平安期の文学中、若し法華経を知らずんば、大半の意味を没却する」と述べられています。
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