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連載《法華経は佛教の生命「仏種」である。》
―IT時代の宗教―第2話

掲載日 : 2005/3/14

 仏教の教主釈尊も、80歳で涅槃(ねはん)に入られ、お弟子達も皆亡くなりますと、当然のことながら、この尊い法華経の「仏種」を絶やしてはならないと考える人が現れます。

 そして、竜樹菩薩と天親菩薩のお二人が、法華経を後世に伝えるために、それぞれ『法華経論』を書いて、法華経の尊い理由を説明し、法華信仰を皆に勧められたので、インドだけでなく周辺の国々にまで法華経が広まりました。
近年、考古学者の学術調査によって、ネパール・カシミール・中央アジアから、サンスクリットという古代インドの文語で書かれた、梵本(ぼんぽん)『法華経』の原典や写本が相次いで発見されていることは、この間の消息を雄弁に物語っています。

 さて、仏教の経典が初めて公式に中国へ伝えられたのは、後漢の明帝永平十年(西暦67年)ですが、その後も続々と伝えられたので、中国の言葉に訳されました。
そのお経の巻数は、旧訳経典では5,048巻、新訳経典では7,399巻もあります。
このように膨大な量の経典がありますが、どのお経も皆、法華経の「諸法実相(しょほうじっそう)」という、深遠な哲学的教理を根本として説かれているのです。

 この「諸法実相」という教理を判り易く、喩えますと、松茸から「諸法実相」という香りを抜き、鰻の蒲焼から「諸法実相」という油を取ってしまったら、どうなるでしょうか。
法華経は、大乗仏教の真髄・仏教の生命・仏教の魂魄として説かれた「仏種」の経典ですから、一切経すなわち全仏教経典の中から、法華経を抜き取ってしまえば、後は“蝉の抜け殻”同様になると言われているのです。

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