日頃、檀信徒の方々との何気ない会話の中で「お題目の教えを小さな子供にも分かるように一言で伝えるにはどのようにすれば良いですか?」と聞かれることがあります。そんな時、私は「それでは慈悲という事をまずお伝え下さい。そして慈悲の心をもって振る舞い、子供たちと接して下さい。」と、お伝えしています。
お寺で育った私もその慈悲の心で育ってきました。師匠をはじめ、檀信徒の方々や家族はもちろんのこと、世間の中でたくさんの慈悲に恵まれたおかげで、愚かな私の慈悲心を育てていただき、僧侶として生かされています。
この慈悲について、幼い頃にこんなことがありました。
私が小学校にあがって間もないある日、下校しているところに小雨が降ってきました。幼かった私は雨に濡れるのがとても気持ち良くて、機嫌良くいつもの下校道より遠回りをしながら、道ばたの花や虫を眺めながら帰りました。ところが、そんな寄り道をしている間に、雨の勢いがどんどんと強くなっていき、気がついた時にはどしゃぶりの雨に変わってしまっていたのです。私はずぶ濡れになりながら遠回りしたことを後悔しつつ、トボトボと下を向いて歩くしかありません。するとその時、向かいから傘を差した二人のご婦人が歩いてこられて、その内のお一人が声をかけて下さいました。その方は「そんなに濡れてかわいそうに。これを使いなさい。」と言うと、指していた傘を私に差し出して下さいました。私が顔を上げてそのご婦人方を見ると、大切な時にしか着ないであろう、きらびやかな着物を着ており、髪は上品にセットされていたのです。子供ながらに、大切な場所に向かわれるのだろうと思った私は、「家はすぐそこなので大丈夫です。」と言って、その場から走り去ろうとしました。その瞬間、声をかけて下さったご婦人が私の手にすばやく傘を持たせて、もう一人のご婦人に「走ろう!」と声をかけるやいなや、1本の傘を二人で指して濡れながら走って行かれました。有り難い想いで胸が一杯になった私は、走り去るお二人の後ろ姿に頭を下げることしか出来ませんでした。
そのとき、大切な用事に向かう途中であるにも関わらず、美しい着物を濡らしてでも、見ず知らずの私がこれ以上濡れないようにと、思わず傘を指して下さったその心こそ、御仏が説かれる慈悲心そのものでありました。
同じように、私たちが手を合わせ、南無妙法蓮華経と唱えるとき、御仏が慈悲の傘で守って下さっているのです。子供達や縁ある方々にもどうか慈悲についてお伝え下さい。
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